カウンセリングは心を映す鏡

「カウンセリング」にどのよなイメージがあるでしょうか。「鏡のように映し出し(共感し)ながら、その人に合った目的と方法を明らかにしていく過程」と私は考えています。自分自身について一つひとつ語ることで「私」というものが徐々に見えてきて、それを確認しながら「私」を発展させることができる従来のカウンセリングは大切な鏡の一つで、その価値は変わらないと思いますが、今回は心の傷(トラウマ)にも有効とされる、もう一つの鏡を紹介します。

ある男性Aさんが女性のカウンセラーから紹介されて私の相談室に来られました。Aさんは優秀で仕事もできる方ですが「最近、街中で女性が気になって本業に打ち込めなくなった」と言います。「自分は異常に性欲が強いのではないか」とも話されましたが、どうもそれが原因ではないということをこれまでの体験を通して薄々と感じておられる様子でした。

「きっかけは失恋」と言うので、私は「これだ」と思いました。当時(今から10年ほど前)私が比較的よく用いていたTFT(思考場療法)をAさんに説明して、TFTの4つのパターン(複雑なトラウマ、見捨てられ不安、予期不安、不安)のツボを自分で叩いてもらって面接が終わりました。そして、後日、Aさんから問題が解決したことを知らせる電話がありました。

このように、人が心のトラブルに遭遇するとき、その奥に心の動揺が層をなしていて、それを一つひとつ取り除くと問題が解決する、と思えることがしばしばあります。表面的には、短い時間、単にツボを刺激するように指示しているだけのように見えるかもしれませんが、相談者と同じ重荷を背負う程の深い共感がないと実際の変化は起きないようにも思います。

当初は日本版TFTかと思われたFAP(不安からの解放プログラム)は心の傷(トラウマ)の治療法として大嶋らによって開発され、その後、独自の進化を遂げています。その過程で、誰しも大なり小なり心の傷があり、それらが蓄積され、その後、深刻な問題(症状)に発展することが分かってきました。

そうならば、深刻な悩み事がなくても、常に自分を最善の状態にしておいた方がよいと考える方がおられてもよいと思います。 これから社会人という人、結婚式が近い人、人生の再スタートを切ろうとしている人、会社などで重責にある人が、まるで人間ドック、エステ、美容院に行くような感覚でやってくる。そんなことが近い将来に起こるような気がします。

人がもつ心の動揺(固着)には、不安、恐怖、強迫性、見捨てられ不安、心的外傷体験、パニック、予期不安、激怒、深い感情、身体的苦痛などがあり、それが人を不自由にします。しかし、それらの心の動揺(固着)は自分で指先のツボをあるパターンで刺激することで多くの場合取り除くことができます。FAPに興味・関心のある方は、大嶋らのホームページをご覧ください。

■ 立川の カウンセリング・ブライト

 

 

一言の心理療法で人は変わり始める

今回は米国の精神科医ミルトン・エリクソンの逸話(いつわ)を一つ紹介します。以下「私」とあるのはエリクソン自身です。

私が当時10歳のときは農場で生活していました。私が父親から用事を頼まれて近くの村に近づいたとき、同級生がやって来て「ジョウが戻ってくる」と言い、彼らが両親から聞いた話をしました。それは良い話ではありませんでした。

ジョウは全ての学校から追い出されていました。彼は猫や犬に灯油をかけて火をつけたり、父親の納屋と家を二度燃やそうとしたり、干し草用のフォークで豚や子牛や乳牛や馬を突き刺し、大変闘争的で攻撃的で破壊的でした。ジョウが12歳のとき、両親はジョウを扱いきれないことが分かり、裁判所に行き、教護院にジョウを預けることにしました。

それから3年後、仮釈放されましたが、家に帰る途中にいくつかの重罪を犯したために教護院に連れ戻されました。21歳で釈放されたとき、既に両親は死んでいて、10ドルと教護院の服と靴が全財産でした。

ジョウはすぐに強盗をして逮捕され、刑務所に送られました。そこで誰とでもよく喧嘩をし、テーブルなどを壊したために、独房で過ごしました。釈放され、別の町でも、押し込みなどの重罪を犯し、刑務所でも他の囚人を殴ったために地下牢に入れられました。光も音もない。公衆衛生の設備もないところです。ジョウはそこで2年間を過ごしました。釈放されても、さらに思い罪を犯して、また同じ地下牢で過ごしました。

刑期を終えて釈放されると、ジョウは両親が以前にいた村にやってきました。村には3つの店がありましたが、3日間に3つの店全てが押し入られ、川にあった1台のモーターボートがなくなりました。誰もがジョウのしわざだと分かりました。ジョウが出所して4日目に私が、その村に来たのです。私と友達は、ベンチに座ってじっと宙を見ている本物の罪人を近くで観察していましたが、ジョウはそれに注意を向けませんでした。

その村から少し離れたところに、農夫とその妻と娘が住んでいました。広い農地を持つお金持ちですが、雇い人が急に一人不足する事態になりました。娘エディは23歳で魅力的で素晴らしい教育を受けていると思われるものを持っていました。ひとりで豚を殺し、土地を耕し、干草を積み、とうもろこしを栽培し、雇い人がするどんな仕事もこなしました。上手に服を作ることも、料理を作ることもできました。その地域では最高の料理、最高のパイ、最高のケーキを作る娘として知られていました。

私がその村に行った日の朝、娘エディは、父親の用事のために馬車で出かけました。ジョーはその前に立ちふさがりました。そして、エディをくまなく見ると、エディもジョウをよく見ました。そして、ジョウは「あなたを金曜日の夜のダンスに連れて行ってもいいでしょうか」と聞きました。エディは「あなたが紳士ならいいですよ」と言いました。ジョウはわきへどいたので、エディは自分の用事をしに行きました。

金曜日の夜、エディはダンスをしにやって来ました。ジョウはエディを待っていました。そして、二人はその晩、全てのダンスを一緒に踊りました。

その翌朝、3つの店主は皆、盗まれた品物が戻っていることが分かりました。また、モーターボートも返されていました。そして、エディの父親の農場へ歩いて行くジョウが目撃されました。後でジョウがエディの父親に、雇って欲しいと言ったことが分かりました。

エディの父親は「雇い人は重労働をしなければならない。日の出に始まり、日が沈んでも働きます。日曜の朝は教会に行きますが、帰ってからは働きます。休日や仕事がない日はなく、給料も月に15ドルです。納屋にお前の部屋を用意します。食事は家族と一緒にできます」と言い、ジョウは仕事をもらいました。

ジョウは働いて働いて働きぬきました。一日の仕事を終えて、脚を折った隣人の手伝いに出かけました。ジョウはあまりしゃべりませんでしたが、親しみがあり、3カ月もたたないうちに村の人気者になりました。

一年後の土曜の夜、ジョウがエディ馬車に乗せて連れ出し、翌朝、ジョウがエディを教会に連れて行ったのが目撃されました。その数ヶ月後に二人は結婚しました。ジョウは納屋を出て母屋に移りました。二人には子どもがいませんでしたが、ジョウは村人から尊敬されるようになりました。

将来は農夫になると村人に思われていた私が「高校に行くつもりだ」と言うと、村人は「高校は人をだめにする」と考えていたので不愉快に思いましたが、ジョウは私の高校への進学、そして、大学への進学をも励ましたし、他の多くの人をも励ましました。だから、誰かが冗談で教育委員の候補者としてジョウの名前を挙げると、全ての人がジョウに投票したためにジョウは自動的に教育委員長になりました。教育委員会の最初の会合には全ての親が参加し、ジョウが言うことに耳を傾けました。

ジョウは言いました。「皆さんは最高得点でもって私を教育委員長に選びました。ところで、私は学校教育について何も知りません。皆さんが自分の子どもに成長して、立派になってほしいと思っていることは知っています。だが、そうなる最良の方法は、子どもたちを学校へやることです。最良の教師を雇い、学校のために最高の教材を買い、分担金についても不満を言わないことです」。ジョウは何度も教育委員に再選されました。

エディの両親も亡くなり、エディが農場を相続しました。ジョウは雇い人を探しに教護院に行き、見込みがありそうな人を連れてきました。自分で社会に出て、うまく更生する覚悟ができるまで、ある人は一日、ある人は一週間、ある人は一ヵ月、ある人はかなり長い期間、そこで働きました。

ジョウは70代で死に、エディもその数ヶ月後に死にました。その遺言には、農場は小規模農家に、他の土地は関心のある人なら誰に売ってもよいとありました。そして、売ったお金は全て、更正の見込みのある人を援助するために、銀行と教護院が管理する信託基金に入れられることになりました。

さて、ジョウが受けた心理療法は「あなたが紳士ならいいですよ」だけでした。私が精神科医として州の仕事についたとき、ジョウは私を祝って、私が読むべき古い記録が矯正施設や刑務所にあると言いました。私はその記録を読みました。ジョウは人生の29年間は問題を起こす人でした。それから、かわいい女性が「あなたが紳士なら、ダンスに行ってもいいですよ」と言いました。他にジョウを変えるものはありませんでした。それでジョウは変わりました。治療者が変えるのではなく、患者が変わるのです。(終わり)

今回、エリクソンの逸話の一つ(ジョウの話)を紹介するにあたり、随分と短くしました。関心を持たれた方は下記の原本を読まれることをお勧めします。

「ミルトン・エリクソンの心理療法セミナー」J.K.ゼイク編 星和書店

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